「天使ちゃん、マジ天使!!」 「バカヤロウ!!うるせえぞ!!」 師匠の怒号で目が覚めた。 周囲を高層ビルに囲まれ、吹き抜けのように上に伸びる空。 俺は大の字にのびていた……コンクリートがひんやり気持ちいい。 「なんだよっ!!オッサン」 「テメェ、豚共殺すぞ!!」 クビを傾けると師匠が屋上の手すりから身を乗り出して 階下に向かって文句を垂れている。 その内、手に持っていたウィスキーの瓶を投げつけた。 ガラスの割れる音と共に悲鳴が聞こえてくる。 (いつものことだな……) そう、いつものこと…… やがて師匠は懐から拳銃を取り出すと、下に向かって―― 「いや師匠!!それはマズいでしょ!!」 俺は軋む身体を持ち上げ、師匠を後ろから押さえ込んだ。 「放せっ!!あの豚共に鉛球ぶち込んでやる!!」 ・ ・ ・ 「ふぅーっ」 師匠はどこ産だか判らない煙草をふかし、すっかり落ち着いていた。 「しっかし弱えぇな。もう少しなんとかならんか?  こっちも教え甲斐がねぇよ」 「俺、もともと身体弱いんスよ。こんなバチバチの殴り合いより、  もちっと合気とか柔術みたいなのを教えてくれませんか?」 とある理由で俺はこの人から格闘術を習っている。 一応師匠と弟子、という間柄だが性格は最低だ。 「強い」ということ以外で尊敬できる部分は無い。 「はぁ?オメェ、実戦でゴロゴロ転がるつもりかよ?  相手が一人とは限らねえんだぞ」 「合気は投げたり極めたりするイメージがあるんですが……」 「で、それ極めんのに何十年掛かると思ってんの?」 「無理ですか?」 「実戦の流れの中で相手の動きを捉え、体(たい)を崩す作業が  どれだけ困難な事だか判ってんのか?」 「おメェみたいな虚弱体質は先の先をとって的確に急所を突かねえと  勝負にならねぇんだよ。実際に何度も殴られて身体で  そのタイミングを覚えろ」 「はー、キっついよなぁ……」 よろよろと立ち上がり再度稽古を申し込む。 師匠は嬉しそうなカオをすると向かっていく俺に容赦なく 前蹴りをぶち込んできた。 !!!!! 声にならない……息も出来ない…… 俺は腹を押さえ、うめきながら考えていた。 (良かった、昼メシ抜いてきて……食ってたら今ので吐いてたな……) どうでもいい事だった、どうでもいい。 この一撃で俺は死ぬんだから―― 兄さん―― もう二度と逢えないと思っていた兄さんの顔が浮かんだ。 俺、強くなりたいよ…… ・ ・ ・ 「……ハッ!!」 驚いて辺りを見回すと景色が流れていた。 どうやら電車の中のようだ。寝汗をびっしょりかいて気持ち悪い。 (嫌な夢だ……) 車内のアナウンスが告げていた。 美空市 駅から外に出る。夏の暑い日差しと大きな入道雲。 俺は再びここへ帰ってきた。